2025年巳年の振り返り

ティールカイロプラクティック武蔵小山整体院から歩いて15分くらいで林試の森はある

──静かに、しかし確かに脱皮した一年──

目次

コロナ明けの街並みに感じた変化

コロナ禍が明けてしばらく経ち、街の景色はずいぶん変わった。
気づけば、長く続いていた個人店が次々と姿を消し、代わりに大手資本や海外資本のチェーン店が増えている。
便利で、分かりやすくて、均一であることが求められる時代なのだろう。

そんな中で、今も個人で営業を続けている店を見渡すと、ふと感じることがある。
生き残っているというより、「生き残れてしまった人たち」は、体力・気力・知力のすべてを使い続けてきた本物なのではないか、と。

2025年は、私にとってもそんな一年だった。


正面に個人接骨院が開院したことによる刺激

まず大きな出来事として、正面に個人営業の接骨院が開院した。
競争というよりも、久しぶりに背筋が伸びるような刺激だった。

自分は何をしているのか、何ができて、何を大切にしているのか。
それを改めて言葉と施術で確認する機会になった。


90歳の母の急変と本格的な介護の始まり

次に、九十歳を迎えた母が倒れ、介護が本格化したこと。
ついこの前まで元気に歩き回っていた人が、あっという間に衰えていく。

あんなにも活力に溢れてスーパーおばあちゃんの姿でいたのに!

頭では理解していた「老い」を、生活の現場で突きつけられた一年だった。
施術家として、人として、距離の取り方や責任の持ち方を問い直され続けた時間でもある。


右膝痛の再燃と施術家としての身体の学び直し

そして三つ目。
学生時代以来、遠ざかっていた右膝の痛みが再燃し、正座や蹲踞ができなくなった。

人の身体を診る仕事をしていながら、自分の身体が思うように使えない。
これは不便さ以上に、強烈な学びだった。
理屈ではなく、実感として身体と向き合い直す必要に迫られた。


整体サロンの継続と小さなリニュアルの積み重ね

その他にも、整体サロンの縮小移転を断念し、今の場所での継続を選んだこと。
派手な刷新ではなく、小さなリニュアルと施術内容の磨き上げを重ねたこと。

名刺や黒板掲示、ブログを通して、言葉とメッセージを整え直したこと。
三叉神経痛を発症しながらも、自分なりの解消法を見つけて完治したこと。
そして、パーソナルトレーニングに通い、プロに学ぶ姿勢を改めて取り戻したこと。


2025年巳年を振り返って思うこと

振り返ってみると、この一年は「拡げる」年ではなかった。
新しいことを増やすより、余分な力みや澱みを落とし、芯を通す一年だったように思う。

巳年は脱皮の年だと言われる。
確かに私は脱皮した。
ただし、派手に跳ね上がったわけでも、別人になったわけでもない。

毒や焦りが少しずつ抜け、動きが静かに、しかし確実に速くなった。
そんな変化を、今は心地よく感じている。

来年もまた、必要な分だけ脱皮しながら、
目の前の一人ひとりと、丁寧に向き合っていきたいと思う。

私の整体は「治す」ことよりも、身体が本来の感覚を取り戻し、静かに整っていく過程に寄り添うことを大切にしています。

ティールカイロプラクティック武蔵小山整体院 村井雅紀

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